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皆さん今晩は、プレゼンターの管理人です。
どうですか皆さん?師走ってますか?(編者注:忙しいの意味)
師走ってる?師走ってぬ?
師走ってぬなら・・・大掃除やら、母君のお手伝いでもなんでもやってあげてくだせぇ
いや、何が言いたいのかさっぱりわからんな。
えーそんなわけで、師走ってぬ管理人は、とある暇な一日を利用いたしまして
なんとも
こんなものを作ってみました。
えーこれが年末特別企画で御座います。なんともお粗末!
それではさっそく本編を御覧頂きましょう。覚悟はよろしいでしょうか?
元禄忠臣蔵というお話を御存知だろうか?
忠義を大事にする日本人に長いこと愛され、お祖父さんやお祖母さんから聞いたって人も
年末にやるスペシャルドラマで知ったという人も沢山居ると思う。
まぁ、簡単に言ってしまえば以下の通りだ。
元禄赤穂事件(げんろくあこうじけん)とは、江戸時代中期の元禄15年12月14日(1703年1月30日)に発生した主君仇討ち事件である。江戸城中で赤穂藩藩主の浅野内匠頭長矩が、高家旗本の吉良上野介義央に対して遺恨有りとして殿中刃傷に及ぶも討ち漏らして切腹処分となり、その後、浅野の遺臣である大石内蔵助良雄以下赤穂浪士47士が、吉良屋敷に討ち入り、主君に代わって吉良上野介を討ち果たし、その首を泉岳寺の主君の墓前に捧げたのち、幕命により切腹したという一連の事件を指す。一般には忠臣蔵の名称で特に知られる。(Wikiペディアより引用)
いやぁー便利だねぇーWikiペディア。
電子辞書にも入らねぇかなぁーWikiペディア
そんなわけで、主人の敵を討つために義士四十七士が立ち上がり、
見事に仇である吉良上野介を成敗し、そのあと主君が眠る泉岳寺まで吉良の首を持っていった―
というこの話を読む内に・・・
管理人の頭の中にふとこんな考えが浮かぶ。
泉岳寺って家の近くだな・・・ということは吉良邸跡地っていうのが残っていれば・・・
おっ、俺も忠臣蔵できるんじゃねぇ?
なんとも単純な発想。第一、吉良邸跡地が何処にあるのかも分からず・・・
「赤穂浪士が歩いて来れたんだから近い!」という訳の分からぬ根拠を元に、
こんなどーでもよい計画を立てた管理人。
えー調べたところ・・・吉良邸跡地、実在します。
本所松
最寄り駅は両国。
ちなみに、管理人式東京23区征服図は↓な感じ。

おお、だいたい行ってる!意外意外。
ただ、
練馬、足立、
んで、今回未知なる
果たして方向音痴の管理人は無事に吉良邸跡地にたどり着くことが出来るのか!?
と、これでは夏休みにUPした「新宿リベンジ」と何ら変わらない企画となってしまう。
そこで今回管理人考えました。
そうだ!せっかくなら忠臣蔵をやろうではないか!と。
だがしかし!そんなドラマみたいのを撮るには急すぎる発想+今は受験戦時下
メンバーなんて集まるわけがありません。
嗚呼、駄目か。また新宿リベンジみたいな駄文になってしまうのか。サウンドノベルとかまた作っちゃうのか。
と落胆する管理人の脳裏に、エルネスト=チェ=ゲバラ氏の言葉が浮かびます。
困難にぶつかったとき、諦めるのではなく、乗り越えるチャンスだと思え。
そうだ。何も四十七義士だからといって四十七人も集める必要はないんだ。
時代劇の斬られ役だってそうだ!同じ人が何回も立ち回りをして、敵が何十人も居るように見せている。
だったら俺1人でも忠臣蔵・・・作れちゃうんじゃねーの?
作ってみました。
第三章からは駄文形式+1人芝居となる予定。
まて!次回!
P.S
1人芝居って凄い痛々しい。